787の先進性

787と言えば「燃費の良い航空機」と謳われることが多い。実はこの機体は、一般に思われている以上に先進的な航空機である。しかしその先進性の多くは専門家でなければ分からないものが多いためか、あまり詳しくは語られていないようだ。そこで、この機体の先進性や将来性を、専門的な視点から解説してみようと思う。

登場の背景

これからの航空旅客業界は2つの道を歩むと言われている。
一方は、路線は従来通りで、より低運賃化が求められるという考え方。 この考えが近年のLCC(格安航空会社)ブームを巻き起こし、世界最大の総2階建て巨人機A380を生み出した。

もう一方は、今後はより利便性を追求して、使用機材を小型にしてでも直行便を増やすという考え方である。 例えば、ベトナムのハノイに行くのに、大型機でタイのバンコクを経由して、そこから中型機でハノイに向かうのではなく、最初から中型機でバンコク便とハノイ便を就航させようという考え方である。

このため、長距離路線でも使用可能な中型機で、できれば燃費効率とメンテナンス性の良い機体の登場が待ち望まれてきた。

そんな中、787は2003年のパリ航空ショーで発表された。当初は、効率(Efficiency)の頭文字を取って7E7と呼ばれていた。 787は規模的には同サイズの767の後継機として、運用的には777の後継機としてその開発が開始された。
ちなみに最近は、先の低運賃化の考えも変化しつつあり、大型機を使用して乗客一人当たりの空間をより広く取り、快適性を追求しようという方向へ変化しつつある。

機体の特徴

ボディー

787は経済性を追求した航空機なので、きっと今までの航空機より「軽い」のだろうと思われているが、実は決して軽くない。 同サイズ機である767が本体だけで160トン前後なのに対し、787は200トン近い。 そのボディー重量の大半を占めるのが、カーボン複合材と言われる新素材だ。 カーボン複合材はこれまで戦闘機では使用実績があったが、旅客機では787が世界初である。

カーボン複合材は、炭素繊維に熱硬化プラスチックを染みこませて形状を形作り、それを熱処理して焼き固めたものである。レーシングカーのF1のボディーに使用されて一躍有名になったものだ。 炭素なので非常に剛性が高く、従来のアルミ合金のように腐食することもない。 強度もアルミ合金の倍以上、しかも重さは約半分である。 しかし、30~50cm間隔で骨組みの上に0.1~0.3mmの薄い金属板を貼った従来の工法に比べて、カーボン複合材は全体が均一に2~3cm程度の厚みを必要とする。 このためボディーの総重量は結果として重くなる。

これと引き替えにボディーの剛性は相当大きく向上し、その結果、窓を大きくしたり、客室与圧を高くしたり、ボディー自体を大きくすることが可能になった。

また、カーボン複合材によるボディーはモノコック構造といって一体成形されるため、これまで数万点とも言われたボディー構成部品が、前部・中部・後部のたった3個の一体成形部品に集約でき、製造工数の大幅な削減に繋がった。

ちなみに787のカーボン複合材の原材料は、東レが1社独占で納入を担当している。 航空機では、三菱重工が開発した航空自衛隊F2戦闘機の主翼構造に世界で最初に採用された、言わば日本発の技術である。

ボディーと言えば、意外と気がつかない点であるが、787は足が短い。ボディーの高さが従来機より相当に低いのだ。車で言うならローダウンしているということになろうか。 航空機は、その機体位置が低いほど、貨物の積み下ろしや整備などの運用効率が良くなる。 また、ローダウンすると視界が地面に近づくので地上走行が容易になり、離着陸時のバウンド幅も減少し、乗り心地も向上する。駐機中の強風対策としても有効だ。 ただし、翼下のスペースが少なくなるので、エンジンの設置位置が厳しくなる。

しなる翼

スムーズ・ウイング・テクノロジーと名付けられたこの翼は、NASAが1980年代に開発したNPL-9510ピーキー翼がそのベースとなっている。

この新しい翼は、これまでの翼断面を基準とした単純設計の翼とは異なり、完全な3次元構造を持った実用機としては世界初のものである。 翼断面もこれまでのカマボコ型ではなく、後ろがせり上がった少々奇抜な形状をしている。スーパーコンピュータ解析による、最新航空工学の賜と言ってもよい。この翼は従来の翼より遙かに高い揚力係数を持つ。もう少し正確に言えば抗力係数、つまり空気抵抗が非常に小さい翼である。空気抵抗が少ないということは、すなわち同じ飛行をする場合の燃料消費がより少なくて済むということを意味する。

さらに専門的な話になるが、この翼のもう一つの特徴は、重心が従来の翼よりも後方に来ることである。 従来の翼では、重心は翼の前方4分の1あたりに来るのが常識だった。しかし、この新しい翼では、重心はずっと後方、後退角の付いた787ではメインギア(主脚)のすぐ前まで後退することになった。

航空機の設計において、重心の決定は最も大きな課題であるが、後部に垂直・水平尾翼を装備した現代の航空機の基本デザインでは、どうしてもお尻が重い状態となる。飛行機のプラモデルを作ったことのある方ならば、せっかく作った作品が尻もち状態になってしまった経験があるだろう。
このバランスを取るために、設計者は電装系などの重量物を出来る限り前方に配置し、最悪の場合バラスト(おもり)を使ってでも頭を重くしなければならない。国産の名機と謳われたYS-11ではこの問題が解決できず、最後は300kg近いバラストを機首に積んでバランスを取らざるを得なくなったのは有名な話である。
787の翼はその特性上、重心が後方寄りになるので、重心に対する設計上の制約は大幅に減少することになる。

787の翼はこれまでのものよりも細くて長い。またまた専門的な話になるが、航空力学的には翼の揚力は、基本的にその面積に比例する。しかし他方、流体力学的には翼表面を流れる空気も高速になると粘度(粘りけ)を持つので、空気の流れる距離が短いほど、つまり翼は細くするほど抵抗が小さくなる。グライダーの翼が細長いのはそのためだ。 もちろん翼が横に長くなれば、正面から見た面積抵抗は大きくなってしまう。しかし緻密に設計された現代の航空機の翼では、この正面抵抗は流体抵抗に比べれば小さなものだ。
ただし、小型のグライダーならともかく、巨大な旅客機では今度はその長い翼を支えるための強度が必要となる。これを解決したのも剛性の高いカーボン複合材である。

いかに剛性の高いカーボン複合材と言えども、厚くすると重くなり、薄くすると曲がってしまう。 航空機の翼はピンと張って微動だにしない方が操縦性が安定する。ただし、そうすると翼に掛かる大きな荷重を支える強度が必要となり、翼は重くなる。翼を柔軟にしてしならせてしまえば、荷重を逃がすことができ、その分翼は軽く作れる。

航空機の翼は直進性を増すために、前から見て少しV字型に取り付けられているが(上半角)、翼の揚力は翼面に垂直に発生するので、この設定は同時に揚力の低下をもたらす。 しかし翼がしなってくれれば、自動的に上半角状態となり、直進性を向上させることができる。

また航空機は、旋回時に翼が重力に対して傾くため、降下してしまうクセがあるが、円弧の一部のようにしなった翼は、常にどこかが円弧の底面となり、このクセは若干緩和される。

ただし、翼がしなるということは、同時にエルロンやフラップなどの動翼もしなったまま動作しなければならないので、その機械構造的設計は非常に困難なものになる。
これらのバランスを巧妙に調整した結果、787の翼はグライダーのように細長く、しなる翼となった。

ちなみに787の翼のうち、しなる構造になっているのは、エンジンより外側から、ブーメランのような形をした翼端のレイクド・ウイング・チップの手前までである。 この「しなる翼」を旅客機で意図的に採用したのは、787が世界で最初である。

エンジン

787のエンジンは、ナセル(樽型のカバー)の終端がギザギザになっていて、これが外見上の大きな特徴となっている。
これはシェブロン・ノズルと呼ばれる形状で、エンジンから噴出される空気の流れを攪拌することで、騒音を低減するためのものだ。
787のナセルは同サイズ機の767と比べると随分と大きなものである。この巨大なナセルを翼下に納めるために、エンジンは翼と接するギリギリの位置に装備せざるを得なかった。

現代の旅客機のほとんどで採用されているターボファンエンジンは、中心のターボジェットで一番前にある大口径のファンを回す。ある意味ファンを使ったプロペラ機のようなものだと思えば良い。

このファンと中心のターボジェットが推力に貢献する比率をバイパス比というが、一般的にバイパス比の大きなエンジンの方が燃費が良く推力も大きい。ナセルの大きなエンジンほどバイパス比は大きくなるので、効率が良いということになる。

中心のターボジェットの回転が速いほど推力は大きくできるが、同じ軸で一番前の重くて巨大なファンを回すのには限界があった。 そこで787のエンジンでは、その軸をファンとターボジェットで分割し(エンジンの種類によって2軸と3軸がある)、高速回転するターボジェットの軸をギアで減速することで力を強くしてファンを回すことで解決した。

これによりハイパワーを維持しながら、より高いバイパス比のエンジンが実現することになり、767時代と比べて約20%の燃費向上を果たすことが可能となった。

新型機で、この多軸ターボファンエンジンを標準採用したのも787が世界で最初である。

駆動系

フラップなどの動翼を動かすアクチュエーター(油圧シリンダー)やブレーキなどの油圧系、エンジンスターターや機内用エアコンのコンプレッサーなど、787では多くの駆動系装置が電化された。言わば飛行機の「オール電化」と言っても良いかもしれない。
ただし、電化に必要な大きな電力を得るために、従来機ではエンジン1基に対して1つであった発電機を2つずつ装備する必要が生じた。これに合わせて、発電機も単に電力を発生するだけのダイナモから、逆に電気流せばスターターモーターとしても機能するジェネレータに変更され、これによりエンジンスタートに必要であった低圧コンプレッサーが不要となった。

このジェネレータ増設による重量増は免れないが、引き替えに重量物であった油圧系配管がほとんど無くなって細い電気ケーブルに置き換わり、オイル漏れの心配がなくなった事などを考え合わせると、メンテナンス性が相当に向上したことになる。

油圧配管が無くなり、随分とスッキリしたメインギア(主脚)を見ると、時代の進化を感じずにはいられない。

コックピット

これまで一部がアナログ計器またはサブ計器として残されていたものを、787では全て大型のLCD(液晶)パネルに統合し、文字通り全てがコンピュータ表示のフル・デジタル・コックピットとなった。LCDは、パイロット正面に2枚、そして中央も1枚が装備されている。

色調もベージュからグレー系に変更され、ウインドウフレームも黒系となり、全体のレイアウトも人間工学的に全面的見直しが行われたことから、これまでの直線的かつ無骨なものから、パイロットを中心とした曲線的なレイアウトとなった。 宇宙船の操縦席を想起させるコックピットは、いかにも先進的である。

ここまで大幅な見直しが行われていながら、マニュアル操縦時の操作に関しては777と同位置に同機能を配し、操縦フィーリングもコンピュータの介在によって777とよく似た飛行特性を再現するなど、乗員の機種移行をよりスムーズにするための数々の工夫にも余念がない。

居住性

経済性とメンテナンス性をより高めるため、ほぼ全ての照明がLEDに切り替わった。LEDは電球よりも消費電力が少なく、かつ耐久時間も長いことから交換が少なくてすむ。また、間接照明にフルカラーLEDを採用することで、フライト状況に応じた照明演出が一般旅客機としては初めて可能となった。この機能は、これまで一部のエグゼクティブ向けビジネスジェットにしか採用されてこなかったものである。

また、客席窓が大きくなり、視界が向上。機内与圧も従来の8000フィートから6000フィートになり、これは富士山の7合目付近の気圧が、5合目付近になったに等しい。これで乗客は、機内で耳がツーンとする不快さから解放されることになる。

これらは、全てボディーにカーボン複合材を採用したことで実現可能となったものだ。 カーボン複合材の採用は、居住性の面でも貢献している。

また、これまでは一部の航空機のコックピットだけにしか搭載されてこなかった加湿器を客席に採用。ノドや鼻が乾燥でカラカラになる状態から解放され、航空会社的にはドリンクサービスの必要性がずっと減る。

将来性

787は、その発表と共に「夢の次世代航空機」ともてはやされてきたが、華やかなイメージとは裏腹にその開発は苦難に満ちたものであった。度重なる課題の発生と納期延期は数度に渡り、計画は約3年弱の遅れが生じたと言われている。

しかし、これまでの常識をゼロから見直して設計を行い、「世界初」がいくつも付く先進的な機体を開発したことを考えると、これは十分にリスクに見合った航空機が開発できたのではないかと感じる。

ちなみに、787はその製造の35%を日本が担当しており、使用されているパーツや重要性を考慮すると日本の担当率は実質60%を上回ると言われている。特にカーボン複合材の材料の全てと、主翼の基本構造を日本が担当していることの意義は大きい。つまり787は日本の航空技術なくしては成立し得なかった航空機なのである。

最初に量産1番機を受け取る栄誉あるローンチカスタマーが日本の航空会社であることも、日本の航空業界にとって大きな注目点だろう。

787が、航空機の新時代を切り開く先進の航空機と評価されることは想像に難くないが、この航空機の本当の先進性は、単に燃費が良いという単純な話ではなく、乗客の居住環境を激変させ、これからの航空機産業や航空旅客業界の概念や常識も変えていく可能性を持ったことなのである。

解説:航空評論家 志賀 優(しが まさる)