空を飛ぶことがまだ空想でしかなかった時代に、自らの命の危険をもかえりみず、
 ドイツ・ベルリン郊外の小高い丘で2000回にも及ぶ滑空実験を繰り返した兄弟がいました。
 彼ら兄弟の名前は、オットー&グスタフ・リリエンタール
 そして、彼らが実験を繰り返した丘の名前がLichterfelde(リヒタフェルデ)

  兄の「オットー・リリエンタール」は、その記録を初めて学術的な記録として残したことから、
 航空工学の父と呼ばれています。

  常に死と隣り合わせになりながらも、何が彼らを大空へと駆り立てたのでしょうか。
 それは「大空へのあこがれ」以外の何ものでもなかったのでしょう。
 そして、その大空への思いは、現代の我々にも綿々と受け継がれています。


  この言葉通り、兄の「オットー」は実験中の墜落事故で亡くなりますが、
 彼の残した貴重なデータは、その後の航空工学の礎(いしずえ)となりました。

  しかし彼らは、そのデータ以上に貴重なものを後世の我々に残してくれました。

  それは「人は空を飛ぶことができる」という事実です。

  同じ時代、かのライト兄弟も、多くの模型実験によって固定翼による動力飛行が
 可能なことを確信していました。
 
  しかし、そんな彼らも自分たちが搭乗しての実験には踏み切れずにいました。
 模型ならば何度でもやり直しが出来ますが、実際に搭乗して万一墜落した時は…そこに待っているものは死…
 全てが終わりです。

         「こんな物に乗って、人は本当に飛べるのだろうか?」

  そう思い悩む彼らの元に、新聞社のカメラマンから一枚の写真が届きました。
 それに写っていたのが兄オットー・リリエンタールの飛行する雄姿だったのです。

                 「やはり、人は飛べるんだ!」


  このたった1枚の写真が、彼らライト兄弟を勇気づけ、アメリカ・ノースカロライナ州キティーホークでの
 「人類初の動力飛行」の偉業を成し遂げさせるきっかけとなったのです。

  テクノブレインでは、航空系ソフトウェアを開発するに当たって、彼らリリエンタール兄弟の
 遺志を少しでも受け継ぎたいと考えました。

  そこで、彼らが実験を繰り返した丘の名前「リヒタフェルデ」をブランド名に選び、
 航空ソフトウェア開発プロジェクトをスタートさせました。
「リヒタフェルデ・プロジェクト」 は株式会社テクノブレインの登録商標です。

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